デジタル変革を指す「DX」(デジタル・トランスフォーメーション)。
テレビやネットでも頻繁に見るようになりました。デジタル技術を使って長年の課題を一気に解決、ビジネスモデルや働き方を大きく変えようという試みで、企業で活用されるイメージですが、スクランブル交差点のにぎわいが象徴的なあのシブヤで、区役所が街のDXに乗り出しています。お役所が目指す街のDXとは?(経済部記者 大江麻衣子)
にぎわいがシンボル“若者の街”は…
1日300万人が行き来する東京・渋谷区。
買い物客、働く人、そして多くの若者で行き交う国内有数の繁華街を抱え、にぎわいが個性の街です。
ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で状況は一変。
にぎわい=「密」状態として、逆に敬遠されるのではないかという懸念が強まっています。
渋谷区・区民部 田坂克郎副参事
「渋谷がにぎわいを失えば街の個性が失われる怖さがある。活気を取り戻していくには密を避けながらすいている場所に街に足を運んでもらえる新しい環境を作る必要がある」
区役所が街をDX!?
この難問を解決しようと区役所が目を付けたのがDXです。 最新のデジタル技術に詳しいスタートアップ企業と『二人三脚』で進めています。 手を組んだのは、商業施設の店舗やトイレにセンサーなどを設置して混雑状況を自動で判別、施設の入り口などに置いた電子案内板に混雑状況をリアルタイムに表示するシステムを開発した「VACAN」(バカン)です。
全国5000か所の飲食店などに導入されているこのシステムを去年から渋谷区役所に実験的に置いているほか、区内のいくつかの飲食店も導入しています。
ゆくゆくはこの仕組みを商店街などに導入して、街全体の混雑を“見える化”する考えです。
実現すれば、訪れる人は混雑する時間をずらしたり、密になっていないところを選びながら安心して街を楽しんだりすることができる…区役所ではアフターコロナの街づくりの切り札と位置づけています。 DXを“マッチング”するプロジェクトも
渋谷区とスタートアップ企業が手を組んだのはたまたまではありません。
実はDXを進めようと考えている企業や自治体とスタートアップ企業を結びつける“出会いの場”があったのです。
この場をつくったのは投資ファンドの「スクラムベンチャーズ」。
去年8月にプロジェクトを始め、これまでに大企業は13社(JR東日本、出光興産、日本ユニシス、あいおいニッセイ同和損保など)、スタートアップ企業はアメリカやイスラエルなど国内外から実に90社あまりが参加しているということです。
先の「渋谷区役所&VACAN」の組み合わせもここで誕生しました。
大企業や自治体がもつ膨大なデータやインフラ、そしてスタートアップ企業が得意とするデジタル技術とその活用方法。
双方の強みを持ち寄り、連日意見を交わしているということで、すでにマッチングが相次いで成立しています。
地方のDX
三重県もスタートアップ企業と組んで「ずっと住み続けられる地方都市」を目指したさまざまなプロジェクトを進めています。
県内のさまざまな場所にオンライン診療の場をつくったり(医療サービス)、ドローンを使って荷物を運ぶための施設をつくったり(物流サービス)することを検討。
デジタル化の担当部署も新設します。
鉄道でも
新型コロナウイルスの影響で鉄道の利用者が大幅に減ったJR東日本。
この先、右肩あがりの増加が見込めない中、アメリカのスタートアップ企業とDXで連携。
徒歩、自転車、タクシーなどを使って混雑を避けながら移動した人を対象にポイント(買い物などに使用できる)を付与するスタートアップ企業のシステムを導入し“列車に乗らない人”のデータも集める仕組みを作り、コンサルティングビジネスへの展開を目指します。
減災に生かす動きも
あいおいニッセイ同和損保は、これまでの台風や地震、豪雨の被害データを分析し、台風や雨雲が接近する前、そして地震が起きた直後に「建物被害がどれくらい増えるか」を瞬時に予測するシステムを開発。
市区町村レベルで予測ができます。
現在、自治体やスタートアップ企業と連携し、住民にわかりやすく情報提供し、速やかな避難を促す仕組みを構築しようとしています。
脱炭素で 全国に6400のガソリンスタンド網を持つ出光興産。 脱炭素の流れでガソリンの利用が減ることも予想される中、ガソリンスタンドの新しい活用法をスタートアップとともに検討しています。
プロジェクトを主催する投資ファンドの宮田拓弥代表は「コロナで、企業や社会全体が大きく変化するなか、既存の業種の枠組みにとらわれずチャレンジしようという企業や団体が多く集まりました。イノベーションが生まれることを期待したいです」と話しています。
銀行がDXの助っ人に?
長崎県 十八親和銀行
DXは一見デジタルとは縁遠いと思われがちなところにも広がり始めています。 長崎県の地方銀行の十八親和銀行が設立した「デジタル化支援チーム」。 「金融機関は本来は融資を通じた“お金の御用聞き”で企業を支援するが、“ITの御用聞き”も目指さなければならない」と、2年前に発足しました。 メンバーは、もともとは融資の営業や窓口担当だったため、ITの基礎を学習。 今では取引先企業のニーズを細かく聞き取り、最も適した会計処理や業務管理システムを見繕って導入を支援する、いわば「DXの助っ人」となっています。
例えば長崎県松浦市にある従業員3人の養鶏業者のケース。
その日の気温、風向き、えさの量などすべて“手書き”で記録をつけていましたが、データとして活用する機会はほとんどなく手間となっていました。
そこで支援チームはデータ管理のクラウドサービス導入を提案。
データの分析ができるようになり、鶏の病気の前兆をとらえやすくなったそうです。
十八親和銀行デジタル化支援グループの井川浩二部長代理は「中小企業が一歩を踏み出すところを支援する。業務の効率化から始め、デジタル化による付加価値を出せるよう長期的にサポートしていく」と話しています。
それぞれのDX
新型コロナウイルスをきっかけにデジタル技術に再び注目が集まっています。
DXというと、人材も資金も豊富な大企業が力を入れているというイメージがありますが、自治体・中小企業・地方の金融機関とさまざまな人たちが「変革」や「課題解決」を目指して取り組んでいます。
自分にはちょっと縁遠いと思っていても、身近なところでDXが進む可能性がありそうです。
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